学校の帰りにいつもは降りないバス停で降りて、教えてもらったとおりの道を歩いていく。
 別にどこも怪しいとかじゃなくて…少し古い町なら当然にありそうな街並みで、井上さんが言ったとおりの空き地の奥に、ひなびた駄菓子屋さんが―あれ、お店開いてるのかな? お休みなのかな?
 分からなかったけど、どっちにしろ、そこに近寄るのに必要な気力と言うか…ありていに言えば勇気がなくて、私は角からぼんやりとそれを眺めてしまった。
 
 浦原さん。というその駄菓子屋さんに、話を聞いて来い。と、言ったのは阿散井くんだけれど、井上さんに浦原さんという人の家を聞いたらびっくりしていた。
 びっくりして、でも「良いんじゃないかな?」って笑って教えてくれた。
 から、来てみたんだけど。
 さすがに薄暗くなってきた夕暮れ時。
 制服姿の高校生がこんな所にぼーっと立ってるのは、やっぱり、おかしい、よね?
 そろそろ帰らないと、母さんも心配するし。
 …今日のところは、出直そう、かな?
 なんだか、すごくもっともな考えに促されて、私はそそくさと回れ右をした。
 
 だから。
「…あらららら。帰っちゃいましたねー」
 開いてるのかどうか、よく分からないお店のガラスの向こうで、こんなことを呟かれてたなんてまったく、知らないままだった。
 
 一度行きそびれたその駄菓子屋さんに、次に行ってみる機会はなかなかなくて、そのうちに井上さんから聞いたのか有沢さんが「あの怪しい駄菓子屋に行ったって?」って聞かれて、「実は行ってない」というのにも結構勇気がいったのだけど…とにかく打ち明けたら呆れ顔で「一緒に行こうか?」なんて会話をしたんだけども。
 私は、私がそこでどんな話をするのかまったく分からなかったけど。ただその人が私に今までのことを話すだけなら有沢さんには繰り返しになっちゃうし―もし他になにかあるなら、あまり聞かれて嬉しい気はしなかったから、「もう少しだけ後にする」って答えた。
 実際、それからバスで近くを通るときにはきにしてたけど、降りて近づく事はなかった。
 他人事みたいに言ってるけど。
 
 楽器ケースのうさぎに黒崎くんが気がついたのは、そんな頃だった。
「自分で作んのか?」
「…え?」
 最初、何を言われてるのか分からなくて、きょとんとしてしまった。
「そういうの。ビーズ細工っての? 妹の一人が、たまに作ってるから」
 授業が始まる前の、ほんの短い時間。
 私は朝練から戻ってきて、授業の準備を整えてるところだった。
「ああ、これ。中学生の時に作ったの。最近はあんまり作らないかな…去年は朽木さんに、おんなじうさぎ作ったけど」
 
 それは何気なく言ったことで、私は朽木さんの名前を出したことにもその意味にも気がつかなかった。
 朽木さんが、去年の事件に深く深く関わってるんだって、その人の名前を呼んでしまったんだって。黒崎くんがあんまり聞きたくない名前だったかもしれないって。
 教科書を開く頃に気がついた。
 そして気がついてしまったら、そのことばっかり気になって、授業中も井上さんの向こうにいる黒崎くんの事が気になって仕方なかった。
 
ことばを知らない哀れなうさぎ
 
 の口から出てきたルキアの名前に、新鮮な感じがした。
 他の連中の口からあいつらの名前が出て来ることはなくて、それがかえって気詰まりで自然と話題が限定されて来て。
 人の口から聞くのは懐かしくて遠くて、すごく小気味が良かった。変に。
 あいつら元気にしてんのか? とか思いながら、でも絶対に元気だろうと確信してたから、名前聞いて色々思うのは、癪だったけどな。
 
 それでも。
 それがきっかけだったみたいに、俺はずっと思い出さなかった―いや、考えまいとしていたことを考え出した。
 それまで、考えまいとしていた自覚もなかった事―。
 放課後に教室でぼんやりしていたら、ドアが開いてが入ってきた。
 このごろは、時々そんな事がある。
「ここで練習しても、いい?」
 相変わらず遠慮がちに、眉の片方でもうっかりひそめてしまったら逃げ出しそうな雰囲気で。
 それでもにしては大胆な行動らしく、部活の奴らには「さん、お金取られたりしてないよね?」とか訊かれたらしい。大分後から聞いた話だ。
 
「“神鳴り”」
 返事せずにいたら遠慮がちに廊下に一番近い机に荷物を置いて、とりあえず楽譜を開いたに、唐突に声を掛ける。
「え?」
「“神鳴り”、吹いてくれたら、いいぜ」
 びっくりしたの目がまん丸になる。
 それから、笑って準備をして…「ちょっと待ってね」と言ってから20分後にそれを吹いた。
 それは体育館で聞いたのより鋭くて、ただし厚みのない“神鳴り”で、単色な分、近くで鳴ったように聞こえた。
 
 まあ実際。この前より近いのは確かだったけどな。
 はそのフレーズを一人で何度も繰り返した。
 何しろ“神鳴り”なので、長いフレーズでも複雑なメロディでもない。
 そのうちにぼんやりして、俺は窓から校庭を眺めていた。
 そういえば、あいつらが学校に乗り込んできたとき、はすぐにあいつらが俺の仲間だって、見抜いたな。
 ―そんでがめちゃくちゃきっぱり「見えてる」って言って…。
 
「…なあ、って、死神以外も色々見えるのか?」
 と言うのは、井上から少しだけ聞いた。
「―ん?」
 今は“神鳴り”じゃないフレーズを繰り返していたは、楽器を構えたままで聞き返してきた。
「いや、死神とか幽霊とか、それ以外も見えるのか?」
 繰り返したら、ようやく楽器から口を離す。
「んー、」
 …なんかすげえ困った顔をされた。
「…でも、見えるだけで、役に立たないよ? 時々、追いかけられたりするけど」
 
 ぎょっとした俺が腰を浮かしたら、もびっくりしたように半歩向こうに遠ざかる。
「あの、でも…朽木さんとか、他の死神の人たちは、時々、みんなに見える、よね?」
 完全に不思議がってる声で言ったが、逃げ出したりとかしなかったのにほっとして、俺は椅子に座りなおす。
「…あ」
 そうしたら焦った声を上げたから、そっちを見ると、ばつの悪い顔をしてる。
 …別に、気にしてないんだけどな。つか、そんな顔されるほうが気になる。
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13/11/22